追記

ハウル@矢野


2017年06月25日 ■津和野を有名にしたのは何?!

_

■津和野を有名にしたのは何?!

ハウル@矢野です。

6月18日(日) 快晴。午前9時30分 JR津和野駅前から津和野観光は出発です。観光協

会の方から一言アドバイスがありました。「本町の源氏巻きの製造販売のお店で源氏

巻きの耳が無料でもらえるかもしれませんよ。」。頭の隅においてまずは、明治初期

に描かれた「津和野百景図」で街全体を把握します。百年以上経過していても当時の

街なみや町名はそれほど変わっていないとの事です。

まずは、観光ガイドさんより町の歴史の講話からです。

そもそも津和野という地名は、「つわぶきの生い茂る野」からきたといわれています

。「つわぶき」って何?説明を聞いている仲間は知っている様子ですが、ここで少し

解説をします。つやのある大きな葉を持っており、毎年秋から冬に、キクに似た黄色

い花をまとめて咲かせる。そのため「石蕗の花(つわのはな)」は、日本では初冬(

立冬〔11月8日ごろ〕から大雪の前日〔12月7日〕ごろまで)の季語となっている。と

の事ですが、今ひとつピンときません。津和野城が蕗城(ふきじょう)と呼ばれるの

と同様に、山間の町にふさわしい名前だそうです。

津和野城の築城は、二度目の蒙古来襲(弘安の役)の後に、能登国から西石見の沿岸

防備のために入部した吉見頼行により、永仁三年(1295)に始められたと伝えられ、以

後吉見氏14代が、320年間の長きに渡り居城としました。 室町期、山口に本拠

を置く大内氏の台頭により、吉見氏はその傘下に入りますが、その後、毛利家が中国

地方全域に勢力を伸ばすとそれに従います。

初期の城下町は吉見氏によって築かれたといわれますが、今日の津和野の礎を築いた

のは、関ケ原の戦いの後、吉見氏に代わり津和野城主となった坂崎出羽守直盛でした

。 坂崎氏は、宇喜多氏の一族であり、城主だった16年の短期間に、津和野城の大

改築、城下町の骨格づくり、新田開発、和紙の原料である楮苗の栽培、灌漑用水路の

建設、鯉の養殖など、今日の津和野の礎を築いたのでした。

坂崎氏が「千姫事件」で失脚すると、元和(1617)年に因幡国鹿野城主だった亀井政

矩が、4万3千石の藩主として入部します。ここからはかつて、島根県選挙区から選

出の参議院議員の亀井氏の登場です。 以後、歴代藩主は産業開発と教育の振興に力

を注ぎ、一時は実録15万石といわれるほど華栄しました。産業の中心は和紙生産で

した。製紙原料の楮の増産を図り、製紙技術をひろく領内に普及し、この和紙を藩の

専売制として莫大な収入を得ました。この和紙でつくられた「姉様人形」がお土産で

有名ですね。

また、藩校「養老館」の創設など、歴代藩主の人材育成重視の施策が、幕末から明治

、大正期にかけて活躍した日本を代表する人物たち、国学者福羽美静、近代日本の哲

学者西周、文豪森鴎外などの輩出につながります。

旧城下町は津和野川を外堀として南北に細長く造られています。 一部、川の東側に

広がる武家屋敷地区には、津和野川から水を引いた外堀が整備されていたらしく、今

では埋め立てられて、旧山陰道が拡幅されています。現地にある不釣合いなほど広い

道路はその名残だと思います。

通常、城下町は中心部から外縁にむかい、城郭−武家屋敷−町屋の順に配置され、町

屋地区の街道筋が通っているものですが、津和野はこれに当てはまりません。狭い盆

地の城下町ならではの配置だと思います。 また、武家屋敷町の配置としては、北が

上級武士、南が下級武士の屋敷町で、堀割りのある殿町は家老屋敷があり、上級武家

屋敷町が町屋地区と隣接していることも珍しいことです。

概略がわかったところでいざ、街中に移動です。

津和野観光のメインは何といっても殿町の景観と錦鯉です。菖蒲が咲き、清水の流れ

る掘割には鯉が泳ぎ、白漆喰と海鼠壁の土塀と立派な屋敷門の形成する景観は、誰で

もが美しいと感じます。街の中心部なのに、車の通りが少ないです。国道9号線が街

中を通っていませんので、通過する車はないようです。

。町の町並みは、旧家老多胡家の屋敷門・土塀沿いに流れる堀割・屋敷門の奥にある

町役場(旧鹿足郡役場)

城下町にしては広い道路と掘割の水は、防火のためだといわれていますが、流れる水

はどこから流れてくるのでしょか。

何故、鯉を放すようになったかですが、城下は再々火事にみわわれたそうです。一度

、出荷すると山口側から増田に向けて強い風によってみるみるうちに炎症したという

事です。もともとは防火用水だったのです。街中で水が淀むとボウフラなどが湧くの

で鯉に食べさせるというのです。もう一ついい事はいざという時の食用としたようで

すが、普段は鯉を盗むと厳罰になったそうです。この事から町民は鯉を食べる習慣が

ないそうで、また、愛護の精神の教育にもなっているとか・・・。

城下町の水は盆地なのにどこから引かれているのでしょうか?

津和野川の川床は町の地盤よりかなり低いので、当然上流から引いてくることになり

ます。現在は、旧藩主邸(現津和野高校グランド)横でポンプで川から汲み上げてい

るようですが、往時はもっと上流から引いてきたのだと思います。

殿町の北側に広がるのが町屋地区で、旧街道沿いにはかつての商家が軒を並べていま

す。 特に造り酒屋が目に付きます。どの家も軒先にそれぞれ杉玉を上げていて、そ

れぞれの地酒を醸造、販売していました。

今も残る商家は、どれも切り妻平入りの中二階建又は二階建で、石州瓦(桟瓦)の赤瓦

葺、二階は白漆喰の袖壁があり、虫籠窓か格子窓が一般的のようです。

なんといっても この景観が、最も津和野らしく、最も美しい。

ここを訪れる観光客は、みんな決まって清流を泳ぐ鯉と菖蒲を写していました。

目を引くのが、木造3階建てです。「骨董古布」の暖簾のかかる土産屋のようですが

、変わった構造をしています。

まだまだ、観光は続きますがこのあたりで街並み散策は終わりたいと思います。

「最後に、「鯉の米屋」さんを紹介しておきます。

昔ながらの米俵を軒に列ね、木彫りの「鯉のおる米屋」という看板が目印です。ここ

の店の奥には、水路を引き込んだおおきな池があり、色とりどりの錦鯉が群れをなし

て泳いでいます。餌をまくとその姿は圧巻。かつては津和野の家々にはこのような鯉

を飼う池があり、観賞用として愛でていたようで、とくにこの吉永邸の鯉は、質・量

ともに他を圧倒しています。

「店構えはお米屋なので少し戸惑いますが、見学は大丈夫です。御主人。見学は無料

で、気さくな御主人や奥さんがやさしく迎え入れてくれますよ。

ご主人は鷺舞保存会の会長だとか?

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ みほりん [何年も前にハーネスの会でも津和野に行きました。懐かしいです。 観光のガイドさんに説明を受けながらの散策はいいですね..]


2016年12月06日 ■松江難病患者の会で奥出雲町観光しました! [長年日記]

_

■松江難病患者の会で奥出雲町観光しました!

_ ぼくは、12月3日(土)に難病患者会のみなさんと松江市福祉バスで奥出雲町観光をし

て交流を深めました。

その日は初冬にも関わらず、お天気が良く、日ごろのぼくの精進(?)の賜物です。

参加者は松江保険所の保健師さん二人を含めて11人と盲導犬(ぼくの事です)1頭で

す。

午前9時にJR松江駅南口に集合していざ、バスに乗り込みます。バスは20人乗りです

ので、余裕があります。一番後ろには車いすも2台は乗車出来るスペースがありまし

た。

第一目的地はオロチループと鉄の彫刻美術館です。予定では1時間30分で到着です。

その間、お父さんが挨拶をして、今日の立ち寄る場所や予定をお話しました。参加者

のみなさんから、自己紹介が各自でありました。

そんなこんな、しているうちにバスはどんどん山の中に入って行きます。トンネルを

幾つか通ってやがて、「さくらおろち湖 尾原ダム」の看板が見えてきます。

道沿いに時々鈴なりに実った柿の木が見えます。何せ、島根県東部の一番深い(?)広

島県との県境まで行くんだからなかなか到着しません。

バスは途中から国道314号線にはいり、オロチループに差しかかります。グルグル

回って一気に105m登るのです。あと半月前だと紅葉が綺麗だったようです。ウ〜

ン、残念!

この道路は、三井野原と坂根の間を結ぶ三井野原道路(みいのはらどうろ)の一部だ

そうです。名称の由来は、勿論、日本神話に登場する伝説の生物ヤマタノオロチより

つけられたものです。また、7つの橋を通ります。

やがて、バスは、鉄の彫刻美術館に到着しました。ぼくは、バスを降りるとすぐに芝

生のところで、オシッコをして、水を飲んでノビをしました。

鉄の彫刻美術館は鉄鋼のモニュメント彫刻でニューヨークを中心に活躍した、下田治

さんという彫刻家の作品を展示しています。

入館は無料のようです。収蔵作品は全部で44点ありました。道の駅の駅長さんがモ

ニュメントの事やオロチループの事を説明してくれました。駅長さんはIターンで奥

出雲町に四季を感じる所に来たかったからここに着任したそうです。厳冬のー11℃や

一晩の積雪が60cmあって流石にビックリしたとも話してくれました。

また、喫茶・レストランも併設されていて、似たギュウのステーキ丼などが食べれる

そうです。お父さんは、売店で、椎茸・舞茸醤油を買いました。なんでも、卵かけご

飯によく合うお醤油だそうです。ぼくには関係なさそうです。

モニュメントの前で記念写真を撮って、次の目的地の延命水がある坂根駅に向かいま

す。

約30分で坂根駅に到着です。チョロチヨロと水の流れる音がしています。早速、みん

ながお水を飲みに向井ます。流れ落ちるところへ柄杓に受けて飲みます。スロープが

設置してあるので、車いすでも行けます。お父さんはお茶碗に酌んでぼくにも飲ませ

てくれました。ウ〜ン、うまいです。!それから、1lのペットボトルに満杯に入れ

ました。

また、駅では、みかんや柿や焼き鳥なども販売しています。いい匂いは焼き鳥だった

のです。お父さんは一袋(4個入り)250円を200円にまけてもらって、2袋買い

ました。

あっ、前にトロッコ列車に乗った時にスイッチバックで登って行く列車に手をふって

だんだん小さくなって見えるおばさんでしたね。

ぼちぼち、12時です。バスに乗り込んで、昼食のゆかり庵(おそば屋さん)に向かい

ます。

12時30分。予定通りに到着です。でも、満員で、6組待ちです。仕方がないので

、ぼくたちは、隣接している稲田姫神社にお参りする事にしました。ザクザクと小砂

利の敷いてある境内を歩いて本殿に向かいます。ここのお社は出雲大社の宮司さんが

お祭りなどには出張されるそうです。氏子さんが一人もいないそうで、遷宮するのも

大変だそうです。お父さんはおさい銭を10円挙げて、2玲4拍手1礼でカランカラ

ンと大きな鈴を鳴らして記念しました。

30分位時間が経過しましたがまだ、空かないようです。そうしているうちにバイク

でツーリングのお兄さんたちも来ました。ぼくたちの順番までにおそばが無くならな

いかと心配になって来ました。やっと、お店の人からお呼びがかかりました。そこは

、全席が座敷なので、ぼくはお外で待つ事になりました。ウ〜ン、仕方ないなー。こ

こだけ、人口密度が多いのは何ででしょうね。有名なおそば屋さんだからですね。今

日は、店員さんが一人お休みなので余計に時間がかかるそうです。なーんだ、そうい

う事も原因の一つだったのですね。

みなさんは、割り後か山かけそばと仁多米コシヒカリのおにぎりを食べました。入口

近くにはゆかり庵特製のトウガラシなども販売しています。おにぎりは、お父さんた

ちで売り切れになりました。ホツ、良かったです。

お腹も膨らんだところで、酒蔵交流センターに向かうべく、バスに乗車しました。

また、30分ほどで到着しました。

酒蔵なのでここでお酒を仕込んでいるのかと思っていましたが、どうもそうではなさ

そうです。一角には映画の「砂の器」のパネル写真が展示してありました。そうなん

です、ここは亀嵩でした。

何と、お酒は酒米からだけ作るものだと思っていましたが、仁多米食用コシヒカリか

ら純米吟醸がありました。酒米醸造のものと飲み比べてみたお父さんは、やっぱり、

酒米製の方が口に合ったようです。原酒はアルコールが18度あるそうで、日本酒ッ

て感じたようです。他にも梅酒や当然ながら大吟醸も用意してあったようです。それ

とおつまみ系は、わさび漬や赤がいの煮つけなども試食して購入する事ができます。

お父さんは、純米吟醸とどぶろくとわさび漬と赤がいの煮つけを買いました。お醤油

やらお水やら柿やらお父さんのリュックはパンパンになりました。

お父さんは満足そうで、ご機嫌で、バスに搭乗しました。

帰りの車中では、みなさん、お疲れモードのようでスヤスヤしている人もいました。

この頃にはバスの中も暑くなっています。今日は、本当にいい天気でみなさんもご満

足の一日だったようです。

午後4時に無事にJR松江駅に到着しました。お父さんは、みなさんとお別れの時に

「また、このような企画をして下さい。」と言われ次回は春のお花見にしましょう。

と返事をしていました。

ぼくも疲れた一日でした。

_ ぼくは、12月3日(土)に難病患者会のみなさんと松江市福祉バスで奥出雲町観光をし

て交流を深めました。

その日は初冬にも関わらず、お天気が良く、日ごろのぼくの精進(?)の賜物です。

参加者は松江保険所の保健師さん二人を含めて11人と盲導犬(ぼくの事です)1頭で

す。

午前9時にJR松江駅南口に集合していざ、バスに乗り込みます。バスは20人乗りです

ので、余裕があります。一番後ろには車いすも2台は乗車出来るスペースがありまし

た。

第一目的地はオロチループと鉄の彫刻美術館です。予定では1時間30分で到着です。

その間、お父さんが挨拶をして、今日の立ち寄る場所や予定をお話しました。参加者

のみなさんから、自己紹介が各自でありました。

そんなこんな、しているうちにバスはどんどん山の中に入って行きます。トンネルを

幾つか通ってやがて、「さくらおろち湖 尾原ダム」の看板が見えてきます。

道沿いに時々鈴なりに実った柿の木が見えます。何せ、島根県東部の一番深い(?)広

島県との県境まで行くんだからなかなか到着しません。

バスは途中から国道314号線にはいり、オロチループに差しかかります。グルグル

回って一気に105m登るのです。あと半月前だと紅葉が綺麗だったようです。ウ〜

ン、残念!

この道路は、三井野原と坂根の間を結ぶ三井野原道路(みいのはらどうろ)の一部だ

そうです。名称の由来は、勿論、日本神話に登場する伝説の生物ヤマタノオロチより

つけられたものです。また、7つの橋を通ります。

やがて、バスは、鉄の彫刻美術館に到着しました。ぼくは、バスを降りるとすぐに芝

生のところで、オシッコをして、水を飲んでノビをしました。

鉄の彫刻美術館は鉄鋼のモニュメント彫刻でニューヨークを中心に活躍した、下田治

さんという彫刻家の作品を展示しています。

入館は無料のようです。収蔵作品は全部で44点ありました。道の駅の駅長さんがモ

ニュメントの事やオロチループの事を説明してくれました。駅長さんはIターンで奥

出雲町に四季を感じる所に来たかったからここに着任したそうです。厳冬のー11℃や

一晩の積雪が60cmあって流石にビックリしたとも話してくれました。

また、喫茶・レストランも併設されていて、似たギュウのステーキ丼などが食べれる

そうです。お父さんは、売店で、椎茸・舞茸醤油を買いました。なんでも、卵かけご

飯によく合うお醤油だそうです。ぼくには関係なさそうです。

モニュメントの前で記念写真を撮って、次の目的地の延命水がある坂根駅に向かいま

す。

約30分で坂根駅に到着です。チョロチヨロと水の流れる音がしています。早速、みん

ながお水を飲みに向井ます。流れ落ちるところへ柄杓に受けて飲みます。スロープが

設置してあるので、車いすでも行けます。お父さんはお茶碗に酌んでぼくにも飲ませ

てくれました。ウ〜ン、うまいです。!それから、1lのペットボトルに満杯に入れ

ました。

また、駅では、みかんや柿や焼き鳥なども販売しています。いい匂いは焼き鳥だった

のです。お父さんは一袋(4個入り)250円を200円にまけてもらって、2袋買い

ました。

あっ、前にトロッコ列車に乗った時にスイッチバックで登って行く列車に手をふって

だんだん小さくなって見えるおばさんでしたね。

ぼちぼち、12時です。バスに乗り込んで、昼食のゆかり庵(おそば屋さん)に向かい

ます。

12時30分。予定通りに到着です。でも、満員で、6組待ちです。仕方がないので

、ぼくたちは、隣接している稲田姫神社にお参りする事にしました。ザクザクと小砂

利の敷いてある境内を歩いて本殿に向かいます。ここのお社は出雲大社の宮司さんが

お祭りなどには出張されるそうです。氏子さんが一人もいないそうで、遷宮するのも

大変だそうです。お父さんはおさい銭を10円挙げて、2玲4拍手1礼でカランカラ

ンと大きな鈴を鳴らして記念しました。

30分位時間が経過しましたがまだ、空かないようです。そうしているうちにバイク

でツーリングのお兄さんたちも来ました。ぼくたちの順番までにおそばが無くならな

いかと心配になって来ました。やっと、お店の人からお呼びがかかりました。そこは

、全席が座敷なので、ぼくはお外で待つ事になりました。ウ〜ン、仕方ないなー。こ

こだけ、人口密度が多いのは何ででしょうね。有名なおそば屋さんだからですね。今

日は、店員さんが一人お休みなので余計に時間がかかるそうです。なーんだ、そうい

う事も原因の一つだったのですね。

みなさんは、割り後か山かけそばと仁多米コシヒカリのおにぎりを食べました。入口

近くにはゆかり庵特製のトウガラシなども販売しています。おにぎりは、お父さんた

ちで売り切れになりました。ホツ、良かったです。

お腹も膨らんだところで、酒蔵交流センターに向かうべく、バスに乗車しました。

また、30分ほどで到着しました。

酒蔵なのでここでお酒を仕込んでいるのかと思っていましたが、どうもそうではなさ

そうです。一角には映画の「砂の器」のパネル写真が展示してありました。そうなん

です、ここは亀嵩でした。

何と、お酒は酒米からだけ作るものだと思っていましたが、仁多米食用コシヒカリか

ら純米吟醸がありました。酒米醸造のものと飲み比べてみたお父さんは、やっぱり、

酒米製の方が口に合ったようです。原酒はアルコールが18度あるそうで、日本酒ッ

て感じたようです。他にも梅酒や当然ながら大吟醸も用意してあったようです。それ

とおつまみ系は、わさび漬や赤がいの煮つけなども試食して購入する事ができます。

お父さんは、純米吟醸とどぶろくとわさび漬と赤がいの煮つけを買いました。お醤油

やらお水やら柿やらお父さんのリュックはパンパンになりました。

お父さんは満足そうで、ご機嫌で、バスに搭乗しました。

帰りの車中では、みなさん、お疲れモードのようでスヤスヤしている人もいました。

この頃にはバスの中も暑くなっています。今日は、本当にいい天気でみなさんもご満

足の一日だったようです。

午後4時に無事にJR松江駅に到着しました。お父さんは、みなさんとお別れの時に

「また、このような企画をして下さい。」と言われ次回は春のお花見にしましょう。

と返事をしていました。

ぼくも疲れた一日でした。


2016年05月16日 ぼくは出雲市斐川町にある仏経山に登ってきました!

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_ ☆ぼくは出雲市斐川町にある仏経山に登ってきました!

_ 今年のGWはどこへも行かないのかなあと思っていましたがすごく大風が吹いた翌日

にお出かけをする事になりました。

朝、近所のおじさんとおばさんがぼくとお父さんを迎えにお家に来ました。ぼくは車

の後ろの荷物を載せるところにジャンプをして乗りました。

お父さんは、トレッキングシューズを履いてお弁当とお茶とぼくのお水をリュックに

入れて出かけました。

今日の行き先は、出雲市斐川町にある仏経山で、さは366mです。約30分車を走ら

せて、出雲市斐川町の仏経山登山者用駐車場に到着しました。

ぼくは車から降りると駐車場の脇でまずオシッコをして、お父さんにハーネスをつけ

てもらい、ざ、登頂に出発です。

ほんの近くには山陰道があり車がブンブン走ってい

ます。それと、仏経山トンネルもすぐそこにあり、斐川インターもすぐ、そこにあり

ます。

最後の民家が路は行き止まりです。そこのすぐ手前に登山入口の看板があり

ました。リードをつけた犬と放し飼いの犬2匹がぼくたちを出迎えてくれました。ぼ

くは適当に挨拶を返してお仕事モードで登山道を登ります。

路幅が50cmもないくらいだし、竹の葉や木の葉が足元には沢山積もっています。

それに昨日の暴風で竹が倒れて路を塞いでいました。竹林を過ぎると路には、石ころ

や木の根っこがあったり勾配は急だったりしてなかなか簡単には登れません。

耳をすましてみるとちょろちょろと水が流れる音がしています。山水(やまみず)なの

か行けでもあるのかは竹や樹木で判別出来ませんでした。あとで、調べてみたら池

があったようです。

上を見上げると木の葉の間から少し木漏れ日がしています。足元の悪さにお父さんも

ぼくもハーハーともうせつくなってきました。時々ある20〜40cmの芽っ子の段

差が余計に路を険しくしています。険しい路ですが、時折、広い路幅と平らなところ

がありました。5分くらいずつ休憩をしながら登ります。山腹には、展望出来るよう

な開けたところまで登ってきました。斐川平野が一望出来ます。出雲空港はもう少し

東の方向なのか視界には入りません。

よく踏まれた登山道をしばらく進むと、巡視路は直進方向に続いていますが、登山道

は右へ分岐します。分岐点には指導標が立っていますので迷う事はありません。山腹

につけ

られた道が続きますが、このあたりからは、急に滑りやすくなるので注意が必要です

見晴らしはないものの、明るい木漏れ日の射す登山道を快適にしばらく進むと、坂の

傾斜がきつくな

り、ロープの渡された坂道を登ります。このロープは約10mくらいありますが、下

半分は直径3cmくらいですが上半分は工事現場のトラロープみたいでか弱いもので

した。一層きつくなった路を登ると空が開けて頂上広場に到着しました。

登って来た路を下山するのかと思うと気が滅入りそうです。

ここまで、登山口から1時間30分かかりました。

広く平坦な展望広場の中央には南無妙法蓮華経と彫られた石塔が立っています。北の

展望を眺めると斐川平野が広がっています。

きょうは、霞み気味の展望ですが、眼下に広がる景色は美しいですが、頂上周辺に立

木があり視界が不十分な感じです。展望広場入口には、案内看板があり、仏経山のい

われが説明してあります。

案内にはこう書かれています。

出雲平野から南を見ると、ひときわ高くそびえ立つ山を古くから神名火山といって

いました。出雲風土記(733年)に「神名火山という」とあります。神名火の名火

は、かくれこもるという意味がありますので、キサヒの神がおしずまりになっている

山といわれています。これを今は、仏経山と読んでいます。

戦国時代中国地方に勢力をもっていた武将尼子経久は、この山に十二の寺を建て、

薬師十二体を安置し、山の名も仏経山と改めて、尼子家の安泰を祈ったといわれます

。神の山が仏の山に変わるという全国的に珍しい山です。

また東の峰には、天保年間に建てられたと言われる石塔があり、新川を開通した時

、無縁仏の霊を祀ったものと言われています。

斐川町史より。

頂上広場を左の方向に100m進むとNTTの中継アンテナがありました。本当の頂

上はこの辺りかもしれません。昔も今も一望にみわたして斐川平野を見守っている神

様の山なのでしょう。

来年は、どこの山なあのかなあと楽しみにしています。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ みほりん [おー!すごいですねえ。お疲れさまでしたー。 ハウル君も頑張りましたねパチパチパチ]


2016年02月19日 島根県県政テレビ番組の撮影をしました [長年日記]

_

昨日の2月18日に島根県の県政テレビ番組の撮影をしました。

朝からお天気も良く、絶好の撮影日和でした。

県障害福祉課のお姉さん(?)がお家までお迎えに来てくれました。

準備をしてお家の前で待っているとお姉さん(?)が車で通り過ぎてしまいました。「

あれっ」。しばらくしてUターンをして帰って来ました。

ぼくをお迎えに来てくれる人はよく通り過ぎます。なんでかなあ。

昨日も夜遅くまで出雲市で研修会があったそうです。お疲れぎみなのかなあ。

障害福祉課の駐車場から歩いて撮影現場の松江郷土歴史館近くまで行きました。

テレビ局のスタッフの人(レポーター、デレクター、カメラマン)と県広報室の人とお

父さんとで6人集まりました。

ごあいさつをして武家屋敷に向かう端の上をまず、お父さんと歩いているところの撮

影から始まりました。

武家屋敷側につくとお父さんはピンマイクをつけてもらいました。

台本によると、信号機のない横断歩道を渡る時に声掛けをしてもらうという事なので

すが、交通ルールでは歩行者が横断しようとして横断歩道の端に立っていたら車は停

止して歩行者を渡らせてあげないといけないんじゃあないですか。という事になり変

則の信号機のある交差点に撮影場所を移動しました。

何かいも横断歩道を行ったり来たりしました。

レポーターのお姉さんの質問にお父さんは何やら答えていました。

救急車の「ピーポー」やパトカーの「ウー ウー」とかトラックのバックする時の警

報音やらがたびたび入ってしまいました。

「もう一度お願いします。」と言われてお父さんは何回も同じような事を答えていま

した。

ぼくはお散歩中のペット犬が気になったりして、行きすぎるまで待つとかハプニング

続きでした。

それに引き換え、県障害福祉課のお姉さん(?)は一回で「オーケー」でした。運がい

いなあ

「これで終わりました、お疲れさまでした。」とテレビ局の人の終了の言葉で無事に

撮影は終わりました。

どんな番組になるのかぼくも楽しみです。

帰りに県の障害福祉課に寄ってアイサポート運動のパンフレットをもらってお家に帰

りました。

明日は小学校で盲導犬の学習でお父さんと行きます。ぼくも忙しいなあ。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ みほりん [お忙しい中お疲れ様でした。 撮影って時間がた~くさんかかりますねえ。 番組が出来上がるのが楽しみですね。ほんとに..]

_ みほりん [昨日テレビ見ました とってもグッドでした♪]


2015年12月04日 あいサポート運動のメッセンジャーデビューをしました [長年日記]

_

最近になって少し寒くなってきましたが、今年は暖冬なんでしょうか?

ぼくは、あいサポート運動のメッセンジャー(講師)に登録していただきました!

あいサポート運動はお隣の鳥取県から始まりました。島根県では平成23年からこの

運動に加わりました。

お父さんがメッセンジャーになるための研修に参加すると言うのでぼくはついて行き

ました。

一日がかりの研修でぼくは疲れました。

その後、島根県障害福祉かや研修担当の方から盲導犬のハウルも登録しますと連絡が

ありました。

もしかして、ぼくは先生??!

あいサポートのデビューをこの間小学校でしてきました。

お父さんは何回も小学校に出向いて先生方に小学生向けのテキストやら研修の内容に

ついてお話をしました。

当日はお天気が悪かったのですがお父さんと小学校に向かいました。

子どもたちはぼくと会うのが楽しみにしていてくれたようで大歓迎をしてくれました

お父さんはいつものようにお話をしています。

ぼくはいつものようにダウンをしていれば良いのかと思いましたが、取りあえずお父

さんがダウンと言ったのでしばらく待つことにしました。

あいサポート運動というのは、だれもが暮らしやすい地域社会(共生社会」を目指す

という大テーマがあり社会にはさまざまな障害や難病を餅ながら暮らしている人が大

井事を知り社会参加出来るようにサポートしましょう!という運動です。

ぼくのデビューはあっというまに終わりました。

説明のDVDの中には盲導犬に対する接し方もあります。

色んなところに訪問をしてこの運動を広げたいと思います。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ みほりん [お父さん&ハウル君がんばってね~。 寒くなってきたのでお身体もお大事にね~。]


2015年10月21日 宍道湖に浮かぶ神秘の嫁が島に上陸しました! [長年日記]

_

10月12日(月)にぼくはお父さんのお仲間たち11人とキララちゃんとで宍道湖にる

嫁が島に船で渡ってきました。

お天気が心配だったので、ぼくはレインコートを着て出かけました。

このイベントは10月10日から12日までの3日間限定だそうです。

昨日の11日は低気圧の影響で大荒れの宍道湖でしたのでイベントは中止になったそ

うです。

この日も朝はくもりだったのですが、案の定、低気圧の影響が残り、天候は雨時々く

もりで風邪もやや強風状態でした。

雨の闇まを待って運行すると受付のおじさんが言っています。

ぼくたちは、受付のテントで約30分待ちました。やっと少し晴れ間が見えてきたので

出港する事になりました。渡船の発着場所は県立美術館の横の岸公園です。おじさん

に案内されて樹で造った桟橋を歩いて船まで向かいました。

湖面は風邪も強く水は茶色に濁っています。波も荒く木の葉のように船が揺れました

。少し表現が過剰でした。こんなに揺れる船はぼくも初体験で、船酔いしそうな勢い

でしたよ。

ちなみに船は28人乗りの屋根付きのボートです。料金は大人一人往復で100円(障

害者割引は500円)でした。

ぼくとお父さんは、船の一番前に座りました。

出港地点からは約220mですので乗ったと思ったらあっというまに嫁が島の北側に

に到着で

す。島は南北30m、東西110m、周囲240mあり、陸地からだともっと小さい

と思っていましたが案外広いようです。船を降りると、島にはテントがあり、抹茶と

和菓子の接待(300円)を受ける人もいましたよ。

早速、ガイドのおじさんが島の説明を始めました。

この島は、考古学的に言うと今から1200万年前、第三紀中新世の火山活動により噴出

した玄武岩でできた島だそうです。島は今は、真ったいらになっていま

すが岩の部分を削って松江城の築城の時に石垣として使ったようです。

『出雲国風土記』意宇郡条においては「蚊島」と表記されています。当時は周囲が約

110m と今の半分ほどの大きさで、島の中央には径7〜8cm ばかりの木が一本生え、礒

には貝や海草が見られたとあります。

この島には1つ悲しい伝説があるそうです。

姑にいじめられた若嫁が寒さに凍った湖上を実家に帰る途中、氷が割れて水死し、そ

れを哀れんだ湖の神様が一夜にして島を浮かび上がらせたとのストーリーが残されて

います。それ以来、嫁が島と呼ばれるようになったそうです。ぼくには嫁舅の問題は

意味不明だなあ。

悲しい伝説の方が日本には多いようですね。

島には弁財天を祀る竹生島神社の祠(1611年に堀尾忠晴が祭った)と鳥居(1907年に

琵琶湖疏水設計者の田辺朔朗が寄進)があり、周囲には松が植わっています。1935年

に松江出身の総理大臣の若槻礼次郎が数本の松しかなかった島に20本の松の苗を植樹

したとの事です。消波ブロックとして、如泥石(松江藩の名工・小林如泥が考案した

とされる円柱形の来待石)で島の周囲が固められています。

とガイドのおじさんがお話をしていました。ぼくの記憶はすごいなあ。

年に数回、湖岸から張られたロープを伝って島まで渡るイベント「嫁ヶ島に歩いて渡

ろう」が開かれるそうです。水深も最大130-

140cmと浅く、子供も多く参加するそうですが、ぼくは水は苦手なので無理そうです

。松江城創建者の堀尾吉晴が天守閣からの眺めに感動して嫁ヶ島を「湖中の一勝地な

り」と評したそうです。それ以来松江城天守閣からの眺望を阻害するような建物はて

る事が出来ないそうですよ。

あの小泉八雲(へるん)さんも嫁が島が夕日のシルエットに見える嫁が島を出雲そばを

食べながら見るのが好きだったそうです。

島に上陸してからあっという間に1時間が過ぎていました。そろそろ帰る事になりま

した。ガイドのおじさんに御礼を言って島をあとにしました。

帰りの船では波もおさまっていましたので少し安心して乗船できました。

受付テントの近くではかに汁、鳥の空揚げ、焼きそば、どんぶり物その他飲物の屋台

が出ていました。ちなみにかに汁は1杯100円だったのでお父さんはすすっていま

した。。

このころからまた雨が降り出し、風邪が寒く体が冷えてきましたので、急いでバスに

乗り込みランチの会場へと向かいました。

天候には恵まれませんでしたが記念に残る体験でした。

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_ みほりん [嫁が島上陸!貴重な体験されて良かったですね~。 でも船が揺れたのはちょっと大変でしたね。私も苦手です。 詳しいレ..]


2015年09月16日 消防署に見学に行って来ました! [長年日記]

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9月3日(木)にお父さんのお仲間たち11人と盲導犬2頭で松江消防署に見学行きま

した。消防署に到着するとぼくたちは、5階の研修室みたいなお部屋にとおされまし

た。そこで、色々な事を教えてもらいました。

ぼくたちが到着する時にサイレンを鳴らして出動した消防車がありましたがこの見学

会の担当の女子隊員はその消防車で救助に出かけてしまったそうです。代わりの人が

お話をしました。

まず、松江消防署は北署、南署など合わせて264人だそうです。担当は、消防隊・

救急隊・救助隊と他に事務の人がいるそうです。

消防署では入署するとまずは全員が消防士から始まるそうです。何年か勤務してそれ

ぞれの隊に配属されるそうです。

みんな知っていると思いますが、消防署は365日24時間勤務です。消防署員のうち8

0人は12時間勤務して朝8時30分で交代するそうです。

消防署には社員食堂はありません。月に4000円の食費を出し合って新入隊員がご

飯作りの担当をするのだそうです。月の終わりころにはお金が無くなり寂しいおかず

になるそうです。

ここからが真面目なお話です。

松江館内では一番多い火災鯨飲はみなさんは何だと思いますか?

1位は野火です。ここのへんでいう「くよし」です。草を焼却する時に風などで思わ

ぬ所へ飛び火するのだそうです。全国的には不審火が一番多いそうです。

それから、子供のライターでの火遊びや料理中の天ぷら火災と続きます。たばこの不

始末は思った夜上位にはありませんでした。

夏に雨が降らない日が続くと山火事がおおくなり火災件数が多くなるそうです。

ちなみに去年の火災での統計上の件数は43件だったそうです。統計をとりはじめて

から一番多かったのは123件だったそうです。この43件は多いと感じますか?

サイレンの音はもっと多く聞くと思いますが消防車は「カーン カーン」と鐘を

鳴らして急行するそうです。

_ 次に1階の隊員が宿泊(仮眠室)、消防隊員の着る消防服を見せてもらいました。

ベッドの数は常時仮眠する隊員は約20人だそうですが35台あるそうです。

何か重大な災害時の為に余裕があるのだそうです。

それから出動する時に着る服に触らせてもらいました。思ったより重いです。

_ ヘルメットと上着と長靴を合わせると10㎏はありそうです。それに酸素ボンベなど

を背負うとすっごく重いそうです。

お隣にある大きなガレージには消防車やらハシゴ車やら救急車やら沢山おいてありま

した。

ハシゴ車は最大にのばすと30mになるそうです。

少し前から出動していた見学会の担当の女子隊員の人が帰ってきました。

松江消防署には女子の隊員は5人いるそうです。だれかが女子隊員の体(腕)を触らせ

てもらったら筋肉隆々だったそうです。すごいなあ。

最後にハシゴ車をガレージから出してもらいその前で記念写真を撮りました。

ちょっとオフレコの話ですが、「消防署内で、喫煙室はありますか?」と質問したと

ころ、外からは見えないところにあるそうです。消防隊員は割と喫煙者が多いのだそ

うです。

案内していただいた隊員のみなさまに全員で御礼をいって消防署見学は終わりました

長靴はちょっと臭かったかなあ。

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_ みほりん [消防署の見学は面白そうですね、喫煙者がわりと多いというのがビックリです。]


2015年08月04日 8月2日に松江水郷祭がありました [長年日記]

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8月2日はぼくは一年中で一番嫌いな日でしたが、お父さんがずっとそばにいてくれた

ので何とか無事にやり過ごす事が出来ました。フー

今年の松江水郷祭は例年の通り2日間あり、1日は花火が3000発と2日には松江

城の国宝記念とかでいつもよりずっと多い10000発で合計13000発も上がり

ました。

ぼくにとってはいい迷惑でした。流石に、山陰地方では最大の花火大会という事で過

去最高の43万人の人出があったそうです。花火は、最初の太鼓を叩くように20連

発もドンドンドンドンと上がりました。すっごく大きいのは直径が約300mもある

巨大な花火もありました。もー、ぼくは家が響くほどの大きな音がするたびにビビリ

まくりです。まったく生きた心地がしませんでした。

お昼間には水郷祭のメイン会場の白潟公園に盲導犬の育成の為の募金活動に参加しま

した。午後2時からお父さんとぼくは、首に熱中症対策の冷え冷えの首輪を巻いて歩

いて出かけました。やっぱりアスファルトは太陽の熱であちちです。会場に到着した

時にはもう蒸発していました。途中には何だかいい匂いが漂っているところが沢山あ

りました。今年はテントの下が芝生だったので去年よりは暑くはありませんでした。

5時からは日本盲導犬協会のおねえさんが啓発の為の小学生の歩行体験をしました。

それから盲導犬ユーザーのインタビューがありました。それが終わるとお父さんとぼ

くはまた歩いて家に帰る事にしました。

大きな道路までは協会のおねえさんに誘導してもらいました。

来年は、花火は1日だけでしかも7月30日に決まったそうです。まあ、なにはともあれ

終わって良かったです。でも、最近は雨がぜんぜん降らないし毎日暑い日が続いてい

るのでぼくたち盲導犬も足の裏の火傷や熱中症には気をつけないとネ!

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_ みほりん [ほーーんに暑い日が続いています。はーちゃんもお父さんも元気に夏を乗り切ってくださいね。 花火は本当にズッガンズッガ..]

_ 千葉のお母さん [こちらも連日猛暑です!今日は久しぶりに雨がチラチラ…秋が待ち遠しいですね。 こないだの宍道湖の花火大会にお友達が行..]


2015年07月06日 ☆銀行にATMの操作研修に行きました! [長年日記]

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7月に入りましたが、今年の梅雨は、いつもよりムシムシしたり、雨の日も少なく外

を歩いても道路があちちツになりません。

よその地域では、大雨警報や注意報が出ていますが松江では、あまり梅雨らしくない

日々が続いています。最高気温が30℃を超えたことがあるのかなあ?

僕たち盲導犬にとっては、過ごしやすいので、お父さんのガイドも楽勝?です。

この間は、お父さんのお仲間たちと一緒に、山陰合同銀行の事務センターにATMの

捜査の講習に出かけました。

参加したのは、12人と盲導犬2頭です。

豪銀の事務センターには、ほとんどの人は、JR松江駅で集合して、路線バスに乗車

して向かいました。近くのバス停の「松江警察署前」でバスを降車しました。豪銀の

人が2人でバス停に出迎えてくれました。

事務センターに到着すると、予め提出してあった参加者名簿でチェックされて、名札

を首から下げてもらいました。

ここは、セキュリティの関係上いつでもどなたでもという訳にはいかないそうです。

EVでATMのデモ機のある階に案内されました。合銀本部の各担当の方が8人で対

応してくれました。

まず、視覚障害者へのサービスの内容の説明がありました。窓口での代筆や代読や通

帳の表の点字表記や振り込み手数料はATMと同じ金額である事、そしてデモ機のよ

うなATMは、徐々にふやしていくとのことでした。

その後3人ずつデモ機の体験をしました。タッチパネルではなく電話機(?)のような

捜査機で引き出し、預け入れ、通帳記載などの捜査をしました。

但し、振り込みなどの面倒な事は出来ないので窓口でして下さいとのことでした。

自分で操作をしてお金を引き出したのが初めてという人も何人かいました。あとの情

報交換会で、嬉しそうに話をしていました。

最後に情報交換会がありました。その中では、数代並んでいる場合などはどの機械が

操作機付きなのか「ピヨピヨ」とか音がしていないと判らないとか少し見えている人

からは、タッチパネルのコントラストがはっきりしていない事や窓側や真上に照明が

あったりすると光って見えずらいとかの意見がありました。

約2時間の体験会でした。合銀のスタッフの中にⅡ二人の女性の方がいらっしゃいま

したが、とても手引きが上手でした。

お父さんたちはスタッフの方々にお礼を言って事務センターを後にしました。

目が見えないまた、見えずらい人は何をするのにも人の手助けが必要ですが、このよ

うに自分で出来ることは出来るようにしておかないといざという時に困りますね。

バス停まで送っていただきみんなはワイワイいいながら帰って行きました。

終わりです。

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_ みほりん [ATM操作の研修・・・初めて聞きました。いい機会がありましたね。 自分でお金が引出せたら本当にいいなあと思います。..]


2015年02月11日 浜田市に交通バリアフリー研修会に行きました [長年日記]

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今日は、建国記念日でお父さんはお仕事はお休みのようです。

今年になってぼくはほとんどお出かけの時にはレインコートを着ています。

そんなには寒くはないですが一日スカット晴れる日はすくないようです。

ぼくは、あんまりレインコートは好きではありません。

歩くとなんだかカシャカシャと音がしたりして歩き憎いです。

昨日は浜田市にJRの特急列車に乗ってバスやタクシーの運転手さんたちとバリアフリ

ーの研修会に行きました。

研修会のテーマは、「心のバリアフリー」です。

中国運輸局島根支局の支局長さんのごあいさつから始まりました。

運転手さんたちはみんなで43人の参加です。

その後は、みんなで外に出て、アイマスクや高齢者体験を2グループに分かれて体験

しました。

高齢者体験は準備が大変そうでした。

目にはゴーグルをつけて真ん中くらいがほんの少し見えるそうです。

耳には、ヘッドホンをつけてほんの少ししか聞こえないそうです。

これだけではなく、からだにはおもりをつけたり膝を曲がらなくしたり重いスリッパ

をはきます。

重装備なのでみなさんは苦労してバスやタクシーの乗り降りの体験をしました。

なにせ、急にそんな恰好をさせられるのですから運転手さんたちもたまったもんでは

ありませんね。

ぼくとお父さんは、アイマスクのグループのみなさんと一緒に乗り降りをして注意す

ることやここではこんな声掛けをしてくださいとかお願いをしました。

松江に比べれば浜田市は、雪も全く無いし、気温も温めです。でも、やっぱり風は冷

たいです。

今日はNHKのカメラが2台来ていてその様子を取材しています。

ぼくも移ったかなあ。

それからは、教室に戻ってお父さんの講演です。

あれっ!既にカメラマンさんは、帰られたみたいです。残念!

お父さんは、いくらハードな面が充実しても完璧になることはないとかバスやタクシ

ーに乗る時には、人の声で話しかけてもらうと自分の事を見ていてくれると感じるの

でほっとする事など最近は、スピーカーから流れる機械音では思いやりという面では

さみしいものを感じることなどをお話しました。

ぼくはお父さんがお話をしている間はずっと隣でいい子にしていました。

運転手さんたちは真剣にお父さんの話を聞いていました。

研修会が終わると、犬好きな人たちがぼくの処にきて頭をなでなでしてくれました。

島根支局の職員さんにJR浜田駅まで車で送ってもらいお家まで帰りました。

テレビに映らなかったのは残念でしたが、今日は有意義な研修会で良かったです。

今月は、まだ小学校の子供たちへの訪問があるので頑張ります。

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_ みほりん [テレビで拝見しましたー。とてもいい研修会でしたね。 運転手さんたちアイマスクをされて恐る恐る歩いておられました。確..]

_ 千葉のお母さん [ハウルもお父さんも元気そうでなによりです! テレビに出たなんて観たかったなぁ〜 こちらも変わりなくみんな元気です..]