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マッキーの部屋


2008年10月22日 新聞記事 [長年日記]

_ 社会の現状

家で購読している新聞に福祉というコーナーで載る記事があります。

ガン末期などの患者さんとその日々の様子を綴った記事、

そして最近連載し始めた視覚障碍者の人の記事。

この二つの記事を今朝も読んでフッと思ったんです。

病気を患い、痛みや苦しみに耐える日々を過ごす事は辛いです。

私も肉親がそうでした。

家族として共感する痛みがあります。

その記事を書くお医者さんは、いつも温かい目で患者さんに接します。

何がしたい?何が欲しい?何を希望する?

自分の体が思うようにならなくて、もどかしくて悔しくて、

自分が一番それが分かるんですよね。

そんな患者は時にはワガママと思われる人格になり、時には混乱した人格になると想像します。

優しく接するというのは、本当は大変なんです。

周りの家族も同じくらい辛い中、自分も優しくされたい気持ちにさえなるでしょう。

お医者さんは、そうした患者や家族に接する訳です。

「何とかならないか。何とかしてあげることは・・」

今日の記事にはそう書かれていました。

その記事のそばには、視覚障碍の方が「目を借りる」という

話を書いていました。

見えない者は、他人の目を借りなくてはならない現実を書いていました。

他人の目を借り事は有難い事もあるけれど、プライバシーは?と。

私もその事を感じていました。

盲導犬ユーザーさんと知り合い、障碍のために何が生活の必要かを知りました。

もちろん何でも他人が助けるのではなく、自分でされる事が多いのです。

でも、どうしても人に助けてもらわないといけない事もある。

このことは、視覚だけでなく、どんな障碍といわれる人でも同じ事があるでしょう。

もし私が、何らかの理由で障碍のある体になったら、同じです。

あれもこれもと不満がでるでしょうね。

だから、不満と思っていないよりは、不満になると想像することを忘れ無い様にしたいです。

人は様々な人生を送ります。

私もこれまで、これからどんな人生になることか。

でも、必ず人は人と関わりあって生きています。

良き友、良き人と出会い、関わり、充実した人生になって欲しい。

そう願いますし、努力しなくてはと思うのです。