2016年02月15日 去年の春に
_ 私と、
シータは 午後4時ごろから、
出かけました。
私は、
耳を 澄まして 車が来ないのを、
確認して シータ ストレイトゴート いい 歩きました。
半分ほど歩くと 車が突っ込んできました。
私も、
シータも 固まりました。
車は 横断歩道に 入っていました。
私は、
シータ かむと読んでも 来ませんでした。
その時には、
学生さんたちが見ていて、
車の人に 人が 手を あげて 歩いているのに、
なぜ 止まらないのかと、
口々に言っていました。
この おばさんは 良く見て 歩いていたのに、
また 盲導犬と 歩いているのに、、、。
更に、
スピードは どれくらい 出しているのよと 見ていました。
すると、
ここは、
規制が 40キロだよね おばさんの車は、
50キロだよね。
駄目だよと 話していました。
すると、
車の窓から 顔を、
出して 済みませんでした、
これからは、
気を付けますから 許してくださいと、
言いました。
私は、
気を付けて下さいと、
言いました。
ところが、
シータは 怖かったのでしょうね、
動くことが出来ませんでした。
学生さん方が シータを 動かしてくれました。
私は、
そのまま、
家に戻りました。
その夜は、
シータが 悲鳴と思える 声を 出しました。
私は、
シータ どうしたのと 体に手を触ると、
ものすごい がたがたと 震えていました。
暫くすると、
同じ 交差点で おなじことが起きました。
でも、
車は 止まらずに 行ってしまいました。
シータは その夜は、
ご飯を 食べませんでした。
次の日に 出かけようと、
するのですが ハーネスを したまま、
ハウスの中に入りました。
私は、
5月の末に、
同窓会があるので、
フォローアップを 何回となく 受けました。
栃木県 宇都宮に 出かけました。
シータは、
怖かったことは 忘れたみたいに、
尻尾を ふりふり歩きました。
シータは、
私のことを 守りながら 歩いてくれました。
ソーして、
42年ぶりに、
クラスメートと 会いました。
皆さまは、
ハーネスを 外すと シータかむと 色んなところから、
シータを 呼びました。
各々の 籍につきました。
シータは、
ハーネスを 外し うしろの隅に ダウンしていました。
その時には、
震度4強の 地震が起きました。
会場はどよめきました。
シータは、
すぐに 私の左に 付きました。
すると、
俺の女房は どこにいるんだと、
聴くと テーブルの下にいたのよと、
答えていました。
おいおい、
シータが きちんと お母さんを 守っているのに、
俺たちは ほったらかしかよと、
大笑いしました。
楽しかった、
旅行でした。
ソーして、
家に戻りましたが、
あの 交差点に行くと シータは ぶつかりそうに なったことを 思い出したのか
近くになると 動かなくなりました。
私は、
警察に出向き、
かくかくしかしかと お話しました。
すると、
対応してくれた警察官が、
ここは 昔から 魔の交差点と 言われているみたいですと、
話していました。
それなら、
なぜ 音の出る 信号機は 付けないのですかと、
お聴きしました。
付ける話は、
出るのですが 自然と なくなるのですとも、
話していました。
ここは、
済生会もあるし 保育園 中学校 高校もありますよね、
更に、
服部タイヨーもありますよね。
更に、
横断歩道も 薄く感じます。
道路の白線も 消えてなくなっているところも、
ありました。
横断歩道の、
点字ブロックも あるところと 無いところがありますね。
これは、
治してもらえるのでしょうかと、
聴きました。
すると、
道路は 市役所で 信号機は 警察ですが、
予算が、、、。
それからは、
時々 警察の人が横断歩道のところに たっていましたが、
今は いませんです。
もし、
ここで 自己があったらと 思うと、、、。
このままなら 困るので 引っ越しも 考えないと いけないのかしら、
周りの人が多は とても 良くしてくれますので、
したくないのですが? ?
。
_ みほりん [ほんとうにこわい話ですね・・・シータちゃんも危ないと認識して近くへ行かないのですね。今までご無事で何よりでしたが 魔..]